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武田山長敬寺

武田本店正面

◆ テンヨ武田は 信玄公で知られる甲斐源氏の武田氏との関わりから生まれます。

戦国時代、今川家の客分として暮らしていた武田信玄の父信虎は、桶狭間(おけはざま)の戦いに敗れ駿河を追われ、京を目指しました。
旅の途中、信虎は息子の信玄に諸国の内情を伝えるべく、京までの街道の拠点に武田一族を残しました。

その中の特に重要な位置を占めたのが、東海道と北国街道が合流する要衝である、滋賀県甲賀郡水口町です。
後に織田信長の養女の化粧料としてこの地が武田家に渡されてからは、武田山長敬寺を中心に、五男信基・八女お菊などの要人が次々に配されました。

長敬寺は織田から豊臣・徳川と動乱のさなか幾たびの戦火に遭いますが、天和三年(1683年)に、浄土真宗大谷派の
寺として再建され、今日に至ります。

時代は変わって幕末、長敬寺の一族武田伝右衛門は、「先祖の地で一旗揚げよう」と甲斐の国に戻りますが、
時代は維新前夜、すでに武士の時代は終わりを告げようとしており、彼は実業家への転身を図ります。

この志を息子善兵衛が継ぎ、明治5年(1872年)にしょうゆ醸造業を興しました。これが、テンヨ武田のはじまりです。
 
 

◆ 「テンヨ」とは
当社の商標『テンヨ』には、「天」から「与」えられた贈り物という意味が
込められています。

戦国時代の武田信玄公と上杉謙信公、両雄の戦いの話は有名ですね。

逸話の一つとして、当時山国ゆえに隣国からの塩の封鎖に窮していた
武田方に謙信公が、当時敵対関係にあったにもかかわらず、武士道から
甲斐の国へ塩を送り続けた「敵に塩を送る」という話があります。

武田方はこれを敵からの塩とは言えず、領民に「天から与えられた塩」
として分け与えたことから、当地では貴重な品を天与(テンヨ)のものと
呼ぶようになりました。

醤油もまた貴重な品として天与(しょうゆ)と呼ぶようになりました。
これが、当社の商標の由来です。
 
 


◆ 新「テンヨ」マーク
昭和59年、食品の製造会社であるテンヨ武田と、酒類・食品を中心とした卸売業の武田食品からなる
テンヨグループのCI(コーポレート・アイデンティティ)を表すシンボルとして創りました。

テンヨの「天」と当社の本拠である甲府の山と空からデザインされ、マークの色はしょうゆの「紫」を想起させる
DIC455です。テンヨグループを表すシンボルマークとして使用しています。

 


   
◆ 旧「テンヨ」マーク

「天与」の文字からデザイン化され、明治5年の創業以来、主にしょうゆやその関連製品のトレードマークとして
使用していました。現在は復刻版や記念の商品などに使用しています。


       
◆ 「マルト」マーク

大正6年に宮城県気仙沼の東間商店より缶詰の製造業を引継ぎ、丸トの商標でカツオの大和煮・アワビの水煮・
サバの大和煮等の製造販売をはじめました。

現在マルトブランドでは、魚類の缶詰の他、マルトの卵、マルトの鶏肉、マルトの乾物、鶏もつ煮などがあります。


    

◆ 武田食品オリジナル開発商品
テンヨ武田の姉妹会社武田食品株式会社では、独自の視点の元にお客様に安全・安心・高品質の確かな商品を
お届けすべく、お取引先メーカーと共同でオリジナル商品の開発を行っております。

【乳製品】
昭和23年より市乳部門を設置し、象のマークの武田牛乳として販売しています。
牛乳・ヨーグルトなどの乳製品を初めとした食品を、毎朝、山梨県内のお宅に配達しております。
また、武田牛乳アイスも発売を開始しました。



◆ 武田食品 酒類商品の取り扱い   
武田食品の酒類取扱の歴史は古く、大正3年にさかのぼります。
酒類取扱の豊富な経験をもとに、個性豊かなお酒を発掘・紹介しています。